長野地方裁判所 昭和25年(行)8号 判決
原告 不二蚕糸株式会社
被告 上田税務署長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告が原告に対し昭和二十四年八月三十日附をもつて決定した原告の昭和二十二年度(第二期事業年度)分(イ)中間法人税として(一)普通所得税二百十四万七千四百六十四円、(二)超過所得税百五十一万四百五十円、(三)資本税二万七千五百十九円、(四)追加税百七十四万二千五百円、(五)加算税百二十三万四千四百七十五円、(ロ)確定法人税として(一)普通所得税八百八十万八百六十四円、(二)超過所得税六百九十五万一千七百二円、(三)資本税五万五千三十九円、(四)追徴税五百九十二万五百円(以上の金額より確定申告額に相当する法人税三十六万五百七十六円、更正決定額三百六十八万五千四百三十三円を控除する)、(五)加算税二百八十八万三千二百八十三円の各決定をいずれも取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、
第一、原告不二蚕糸株式会社(以下単に原告会社と称する)は、昭和二十一年五月二十日資本金一千万円をもつて設立せられ、長野県上田市常入九百三十番地に本店を有し、蚕種生糸等の製造販売等を目的とする株式会社であり、毎年四月一日より翌年三月三十一日までを一事業年度として営業してきたものであるが、昭和二十二年度である原告会社の第二期事業年度における法人税に関し昭和二十二年十一月二十四日附で普通所得なしとの中間申告書を、次いで昭和二十三年七月三日附で普通所得金八十八万七千三百六十円、超過所得なしとの確定申告書をいずれも被告に対して提出しこの確定申告に対してはその申告と同時に申告額に相当する法人税金三十六万五百七十六円を納入したのである。
第二、ところが原告会社はその設立後工場の新設改修等事業資金の緊急な必要に迫られ窮余の打開策として手持の繭、生糸、副製品等を統制法規の譲渡禁止に違反し(いわゆる横流し)且つ法定価格を超え(いわゆる闇価格)で密に販売し、その収入金を一時流用して工場建設費その他原告会社運営上の緊急の用途に使用し、第二期事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)にはその金額が右流用額と残存現金とを合せ先に中間申告及び確定申告を為した経理以外に合計金四千二百六十一万二千七百四円十二銭となつた。そして被告はこれを課税の対象と為すべきものと解し収支計算の上金二千二百十万九千三百七十三円を第二期事業年度中における原告会社の所得であるとして、前記のとおり法人税、同追加税、同加算税等の税額を決定して原告会社へ通知した。
第三、被告より原告会社に対する右税額決定通知は昭和二十四年九月十二日原告会社に到達したので、原告会社は同年十月十日被告に対し右係争事業年度において被告が認定したような所得は無く且つその課税は憲法その他の法律に違反し無効のものとして関東信越国税局長宛被告を経由して審査請求書を提出し審査を求めたところ、これに対し昭和二十五年二月九日同局長より審査請求棄却の決定があり同日其の旨原告会社に通知された。
第四、而して被告の右税額決定の課税標準となつている金二千二百十万九千三百七十三円の所得の内金百九万三千五百六円六十七銭が蛹油、びす、きびそれ等の副製品の横流による利益金であり、その余が繭、生糸の横流による利益金である。ところが繭、生糸並に繭製品等については蚕糸業法、同法施行令、同施行令第五条ノ規定ニ基キ輸出生糸確保ノ為ニスル措置ニ関スル件(昭和二十一年農林省令第十二号、)繭検定規則(昭和十六年農林省令第三十八号)その他の法令による厳重な統制が施行せられ器械生糸製造業者(原告会社は製糸業法第一条による器械生糸製造業者の免許を受けている)が製造した生糸は総て政府の代行機関である日本蚕糸業会に売渡すべき義務を課せられていて器械生糸製造業者としては一切の自由処分を禁止せられている。即ち器械生糸製造業者が生糸を製造するため繭を購入するについて農林大臣の割当を受けるのであるがそれには器械生糸の製造業者の各工場毎にその保有釜数と製造能力とを勘案してこれを売渡す各地の農業団体の所在地域別による割当方法(いわゆる地盤割当)を採り各都道府県知事を補助者として農林大臣が割当を為す。そして器械生糸製造業者が購入する繭に対しては売渡人(農業団体)との共同請求によつてそれぞれ各都道府県の繭検定所の検定を受けることを要する。而して農林大臣は器械生糸製造業者が右の割当によつて現実に購入した繭の総数量とこれにより製造する生糸の数量即ち器械生糸製造業者が日本蚕糸業会に対し納入義務を課せられている生糸納入の責任数量(いわゆる責任糸量)を知るために器械生糸製造業者に繭を販売した各農業団体より各所属都道府県知事を経由してその売渡した繭の総数量と検定の結果による生糸量歩合(一定の重量の繭から出る生糸の目方の割合)とを報告せしめると同時に器械生糸製造業者自身からも同様の報告を為さしめ、更に日本蚕糸業会より繭検定所宛直接に照会して各繭年度(毎年六月一日より翌年五月三十一日まで)毎に数回に亘り繭の売渡人と買受人、その工場名、売買繭の総数量、検定糸量等を報告せしめ、以上三者の各報告に基き検定糸量(繭より操糸されるべき生糸量の歩合)を基準としてその百分の二・九を控除した百分の九七・一をこれに乗じたものを取引糸量とし各器械生糸製造業者が政府(日本蚕糸業会)に納入すべき生糸の責任数量即ち責任糸量として、繭年度毎に各器械生糸製造業者が製造したこの生糸量歩合を器械生糸製造業者より日本蚕糸業会に納入売渡を為さしめている。そして農林大臣は生糸の納入方法として一定書の生糸製造の都度生糸検査所の検査を受けしめその合格品を日本蚕糸業会に収納し、納入数量が検定糸量を基準とする右責任糸量総数に対して不足した場合にはこれを調査確定して日本蚕糸業会より繭年度毎にその納入不足量を器械生糸製造業者に通知せしめて完全な納入義務の履行を請求してこれを確保している。而して日本蚕糸業会は右のように器械生糸製造業者が生糸を納入したとき前年度の納入不足量があれば先づ前年度の不足分に収納充当し繭の検定により附せられた検定糸量に対する納入責任糸量の切捨又は免除というようなことは理由のない限り許されないのである。ところで原告会社の第二期事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)には本件課税の対象となつた前述の収入金を獲得するため繭、生糸等の横流を為した結果生糸の五千四百五十五貫が現実に在庫の不足量となつた。而してこれは原告会社の第二期事業年度末に於ける原告会社の生糸納入不足量として農林省より現実に通知せられた数量が七千四百五十九貫であつてその内千百二十貫は繭の購入より生糸の製造納入に至るまでの損耗として各器械生糸製造業者に対する一般的な歩引として納入義務を免除せられ、又五十三貫は原告会社に対し自家消費を特に許可せられ納入義務を免除せられたものであり、結局昭和二十二年生糸年度末(昭和二十三年五月三十一日)現在においては六千二百八十六貫(農林省の調査による)の不足量となつた。そしてその後右不足量については原告会社として正規のルート以外より繭を購入する資金なく止むを得ず翌年度において農林大臣の割当により購入した繭により製造納入した生糸を以つて収納充当せられ、又生糸価格改訂の都度物価庁より価格差益金の徴収が行われ原告会社は既に三回に亘り金四百五十五万七千百九十三円の納入を命ぜられその大部分を納入しその不足分に対する納入義務を果しているのである。
前述のように原告会社は器械生糸製造業者として荀も農林大臣の割当により繭検定所の検定を経て繭を購入したときその購入総数量と検定糸量とは悉く農林大臣に報告せられ政府の代行機関である日本蚕糸業会に対し売渡すべき生糸量(責任糸量)に対し具体的数字を握られている。従て右統制法規の上で抽象的に定められていた権利義務は繭検定による購入の際前述のように検定糸量を附せられた以上原告会社の日本蚕糸業会に対する生糸納入の義務は具体化し、ここに日本蚕糸業会と原告会社との間の生糸納入に関する公法上の権利義務はその内容が具体的に確定し私法上においても債権債務の関係を生ずるに至る。又その後右のように原告会社が価格差益金を納入したことによつても右債務が確定していると観ることができる。従つて原告会社の右生糸納入義務は法人所得の損益計算上の債務である。更に原告会社は購入した繭を日本蚕糸業会が裏書を為した約束手形(原告会社振出、日本蚕糸業会宛)債務の担保として差入れてある。従つてこの繭の横流を為すことは原告会社の日本蚕糸業会に対する担保契約義務に違反することになるのであるから、繭の横流販売による収益は右担保契約義務違反に対する損害の賠償を為す必要上から原告会社法人税の損益計算上の債務である。而して原告会社が第二期事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)における責任糸量に対する供出不足量である右五千四百五十五貫を補填するについて正規のルート以外より闇価格で繭を購入して生糸を製造しなければその義務を履行し得ない状態(右年度末において正規のルート以外から闇価格で繭を購入するには掛目高騰の折から一貫目相当価格は金七千円以上であるから生糸五千四百五十五貫を補填するには合計金三千八百万円余を要する)にあつたのであるから、その不足分に対する繭購入義務履行のために要する損失は債務即ち原告会社として資産の減少を来すべき一切の事実に該当することが明かである。よつてこれは法人税法第九条にいわゆる「総損金」の中に当然計上せらるべきであるから、被告が右金二千二百十万九千三百七十三円を所得と認めたことは不当である。
第五、次に本件の課税標準となつた右金二千二百十万九千三百七十三円は前述のように原告会社が繭、生糸及び副製品等を闇価格による横流販売を為して得た利益金であるが、このように犯罪を原因とする不法な利得に対し課税することは憲法その他の法律の規定に違反するのである。即ち、
(一) 先づ刑罰法規は犯罪によつて得た利得を犯罪者にそのまま保持せしめることを容認しないで没収、追徴又は罰金等の方法によりその利益を剥奪して国家に収納せしめることとしている。そして各種の刑罰規定の趣旨は犯罪による利得をそのまま犯罪者の手裡に保持せしめることを欲せず総てこれを国家の手に剥奪して犯罪に因る利得の余地をなからしめると同時に犯罪者をして利得以上に肉体的物質的の苦痛を与えることによつて犯罪の絶滅を期するにある。然るところ犯罪に因る不法な利得を税法上の所得であるとして国家に課税権を認めるとすれば、その所得の一部分を税金として国家に収納しその残額の部分を悉く犯罪者の所得として公然保持せしめる結果となり、延ては税法が犯罪行為自体を容認するとの結論を認めざるを得なくなる。斯様なことでは刑罰法令と税法との間に著しい矛盾を生じ、国家の企図するところは互に相反する結果となる。故に刑罰法令が犯罪の絶滅を期し、犯罪による利得を保持せしめることを許さない以上税法も亦これを所得と認めず専ら刑罰法令の運用に委すべきである。従つて税法は犯罪を原因とする不法な所得に対しては課税権を認めないものと解すべきである。
(二) 法人税法第九条第二項は罰金、科料を法人の普通所得の計算上損金に算入しない旨規定している。その趣旨は罰金、科料が正当な行為に基く支出でないとの理由によるものと解すべきであるが、この規定は同時に罰金、科料に処せられるような犯罪を原因とする不法な所得も亦正当行為に基かない所得として普通所得の計算上益金に算入しない建前であると解すべきである。
(三) 憲法第三十八条第一項に自白の強要を禁止する旨規定されているが、これは犯罪者にその犯罪行為を自白せしめることを強要することを絶対に禁止し犯罪者に犯行を自白するかどうかの自由を与えこの自由を基本的人権として保障しているのである。従つて刑事訴訟法には犯罪者の供述拒否権を認め犯罪者にこの権利を有することを告げなければならない旨規定されている。この憲法が与えている自白強要の禁止はこと荀も犯罪に関する限り裁判上たると裁判外たるとを問わず又口頭による自白の強要であると立法手段による自白の強要であるとを問わず国家作用の総ての場合に適用せらるべきである。然るに所得税法、法人税法は昭和二十二年四月以来申告納税制度を採用し国民に対し納税義務ある所得についてはその所得を申告すべき義務を課している。即ち所得税法の規定は納税義務者に対し右所得について予定申告並に確定申告義務を課しその申告は書面で政府に提出することを命ずると共に申告の内容として所得金額、所得金額計算の基礎、所得の基本たる財産又は事業の所在地、所得の生ずる場所を記載すべきことを命じており、納税義務者に対する収税官吏の質問権を認め、予定申告の虚偽申告と収税官吏の質問に対して答弁を為さないか又は虚偽の答弁を為した者を処罰する旨規定し納税義務者に真実応答義務を強制している。法人税法は法人に中間申告、概算申告、確定申告を為すべきことを命ずると共に、納税義務ある法人に対し収税官吏の質問権を認め、その質問に対し答弁を為さないか或は虚偽の答弁を為す者に対し刑罰による制裁を科して納税義務ある法人の所得に関する真実応答義務を強制し、更に右の税務申告に対して財産目録と損益計算表の添付を命じて所得申告の内容を明かにすべきことを要求している。従つて犯罪を原因とする不法な所得に対し犯罪者に納税義務があるとするならば、その前提として犯罪者は所得申告の義務があることとなり所得税法によれば犯罪者は所得を生じた場所と共にその所得を申告しなければならないこととなり窃盗犯人は窃取した場所とこれによつて得た所得額を、経済統制法規違反の犯人は闇価格で販売した場所とこれによる所得額とを忠実に政府に申告しなければならない義務があると同時に収税官吏より質問を受けた場合には総て真実を述べなければ処罰されることとなり、憲法上保障された供述の自由を蹂躙せられ犯行の自白を強要せられる結果となる。尤も法人税法は予定申告の虚偽申告を処罰していないが、予定申告、概算申告、確定申告と共に財産目録、貸借対照表、損益計算書の添付を要求しており、確定申告の虚偽申告に対しては刑罰による制裁を科している。然るところ犯罪に因る不法な所得に対してはその所得自体が犯罪内容を為すものであるから、これを申告せしめることはそれ自体犯行の自白を強要するものであつて、所得税法並に法人税法が犯罪を原因とする不法の所得に対して国家に課税権を認めたものであるとすればその税法自体を憲法違反として無効のものと為さざるを得ない。
(四) 憲法第八十四条によれば、新に租税を課し又は現行の租税を変更するには法律によらなければならないのである。従つて犯罪を原因とする不法な所得に対する課税にはその所得が如何なる原因に基くものであるかを問わない旨の立法を必要とするのである。而して昭和十七年七月七日附大蔵省主税局長通牒並に同日附大蔵次官通牒はいずれも闇取引による収入金に対して課税しないとの態度を明かにし、昭和二十一年八月七日第九十回帝国議会議院の委員において政府委員より右と同趣旨の答弁が為されている。然るに本件においては政府が議会で為した声明公約に違反して課税せられているのであつて憲法第八十四条並に法人税法第九条の規定に違反する不当な処分である。その後大蔵省は昭和二十三年三月三日附主税局長通牒で従来の態度を一変して犯罪を原因とする不法な所得に対しても課税すべき旨の指令を発しているが、荀も新に租税を課する場合は立法によることが絶対に必要であるのに、立法手段を俟たずして既存の法律の解釈に名を藉り濫に租税を課するようなことは違法たるを免れない。尤も本件課税処分は右新規通牒を発せられる以前の事実に対するものであるが、昭和二十三年度分より適用する旨の新規通牒の趣旨に反すると同時に犯罪による不法な所得に課税しない旨の従前の通牒の趣旨に明かに違反している。
従つて税法はこのような憲法に違反するように犯罪を原因とする不法な所得に対して課税権を認めたのではなく、正当な行為に基く所得のみを対象として課税する権限を認めたものと解しなければならない。
よつて原告会社は被告に対し被告の本件課税処分が違法であるからこれが取消を求めるため本訴請求に及んだのである。
と、述べ、被告の答弁に対し、
被告は(一)法人税法第九条第一項にいわゆる総損金中に計上すべきものは民法上の債務として発生し、その数額も確定していることを要するので、数額の確定しない作為の義務のようなものはこれを損金の中に計上することはできない。(二)又損失は損失として現に支出があつた日の属する年度の損失として計上すべきであつて、支出が将来でありその数額が未確定であるものを損失として考慮することはできない。と主張する。然し、
税法上の損金、益金の観念は経済上の損益を言い、必ずしも民法上の権利の発生存続に一致することを要しない。従つて法人税法第九条第一項にいわゆる総益金、総損金についても税法本来の目的より演釈してこれを経済的意味に解しなければならない。昭和二十五年九月二十五日国税庁長官の各国税局長宛示達の法人税取扱通達においても総益金とは法令において別段の定めるものの外資本の払込以外において法人の純資産増加の原因となるべき一切の事実を言い、総損金とは法令において別段の定あるものの外資本の払戻又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいうといつている。これは対資本関係は別として法人の純資産の増加を来すべき経済的事実が偶発すればここに損金が現われるものであることをいつているのである。而して所得は経済上の観念であるから一の事実により生ずる収益と出費とは対応せしめて始めて真の所得が出る(収益費用対応の原則)。右に益金と言い損金と言うも一の事実である。そして多くの事実は一方において収入を生むが同時に他方において支出を要する。先づ収入が生じたがそれに伴つて他日必ず出費の現われることが確実であればその収入のみを所得とすることはできないのであつて必ずこれと出費とを対応せしめなければならない。そうしないと経済的損益が判明しないのである。本件において原告会社が前述のように第二期事業年度においてその保有している繭を処分して工場の復旧等の一時の急需に応じようとしたことは他に類例のない一事由であり、その糸量は繭の検定によりその数が判明しており他日生糸に製造して全部之を日本蚕糸業会に納入する責任がある。この(繭糸籍ある繭)を右のような事情で横流販売を為すと日本蚕糸業会に対する納入義務が原告会社に残つている。この横流販売の事実よりして原告会社には一方に売却代金が入金になつたがこの販売行為(即ち保有繭の減少)という事実よりして同時に他方将来日本蚕糸業会に納入するための繭獲得の手当を為さなければならないという事実上の必要が発生した。そしてこの繭補填のために右に販売した繭の原価と同一価格の繭(法定価格の繭)が存在しこれを獲得することが経済的に可能であれば横流販売のため保有繭の原価より高く流し得た差額だけは原告会社の益金としてもよいのであるが、昭和二十二、三年度の繭の事情は補填するについて闇価格で買入れるか又は翌繭年度まで待つ外はない(後の場合にも掛目高騰は必然のことで法定価格で買受けることは絶対に不可能であつた)。故に原告会社が保有の糸籍ある繭を売却したという一の事実の反面将来必ず到来する生糸納入の責任を果すための準備費というものが予定せられているのであつて、この費用が幾何であるかは別として少くともこれを原告会社の保有繭売却代金とを対応相殺せしめることを要する。そうすれば原告会社は繭を販売した価格で繭を買戻しその間に有形的の利益もなければ損失もない。ところがこれを対応せしめないで繭の販売価格全部より保有繭の原価のみを差引いた差額を所得として計算することは収入と費用とを対応せしめないこととなり、所得算出の原理要求を無視するものである。原告会社が右に獲得した右収入はただ急場の金融の便であつたに過ぎないものであつたからこの場合横流販売を原因とする利得保持のために要する年連出費を考慮に入れなかつたのは合法的ではない。而して収益とこれに対する支出とは同一年度に計上処理しなければならない。法人税法上の課税の計算方法も企業会計に関する会計学の原則と簿記の実際に及ぶ限り即応することによつて立法の意図を実現することができる。そして会計学の原則の一である期間成果の法則即ち株式会社の場合には債権者の保護のためにも亦株主に配当すべき利益に関しても一定の期間に発生した成果をその期間の利益として処分するのである。利益金額に応じて賦課せられるところの国家の租税も亦或る意味において国家が各企業の利益の分配に与るものであると観念できるのであつて、債権者や株主が期間成果の確定を求める立場と収益に対して課税する場合の国家の立場とは類似するから、当該期間内の実成果を捕捉してここに当該期間の収益なるものが成立する。この場合収益に伴う出費の生ずることが確実に予測できるにも拘らず(例えば固定資産の消耗)未だ現金支出がないということでこれを考慮に入れることなくその年度内の現金収入のみを成果として全額の捕捉を為しこれを株主配当の源泉とするときは、その期間の株主は適当の利得を為し出費の現実に発生した(例えば固定資産の修繕)次期又は其の次の期に一時にこの出費を損失として取扱うならば、この時の株主は適当の負担を為す結果となる。このようなことは真に公正な経理方法ではない。そこで、仮令当該期間内に現実に金銭的支出がなくても或る期に計上せられた収益科目に伴う予期せられた出資は適当に見積の上当該期の損益計算上支出として計上せられるのである(いわゆる予見の原則)。従つて課税もこれを標準とすべきである。そして本件において原告会社の保有繭売却代金を財務諸表準則に従つて記載すると、財務諸表準則第一章の第二第二項によりA二号表を使用し、この営業外収益のB雑収入として一旦売却代価による収入を記載し(保有原料を一時の金繰のため売却するというようなことは営業上の売上収入ではないから)別に営業外費用の欄に保有繭の補填に要する費用を雑支出として計上記入し他の記事と通算してここに始めて当期純益金が算定されるのである。従つて保有繭売却代金(雑収入)を記帳したとすればこれに対する雑支出の記入を為さないで当期益金を算定することは許されないのであつて、このような純利益の上に納税することは会計原理よりいうときは一の不当行為である。原告会社の生糸の原料である繭の不足に対する補填費を損金と認め、この損金は繭の販売代金を収入として計上したその貸借対照表にこれを損金として記載しなければならない。
要するに被告の答弁は法律学的解釈に偏して経済を無視すると同時に企業会計原理に違反した考察を為したものである。
と述べた。(証拠省略)
被告指定代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、
第一、原告の主張事実の中、原告会社の設立年月日、資本金、本店所在地、目的、事業年度がいずれもその主張のとおりであること、原告会社がその主張の日にその主張のような内容の第二期事業年度の中間申告並に確定申告を為しその主張のような金額の法人税を申告と同時に被告に納付したこと、原告会社が右事業年度中に確定申告以外に合計金四千二百六十一万二千七百四円十二銭の収入金があり被告がこれに対し収支計算の上金二千二百十万九千三百七十三円を同年度中における所得として原告主張のとおり税額決定を為しこれを原告会社に通知したこと、原告会社よりその主張の頃関東信越国税局長宛被告を経由して審査請求書を提出したこと、原告会社の審査請求に対し関東信越国税局長が原告主張日に審査請求棄却の決定を為しこの決定を同日原告会社に通知したこと、被告において所得と認めた右金二千二百十万九千三百七十三円が原告会社の繭、生糸並にきびそ、びす、蛹油等の副製品(この内訳は原告主張のとおりである)を闇価格で横流を為した収益に基くものであること、並に原告会社の右事業年度における日本蚕糸業会に対する未納責任糸量が五千四百五十五貫であることはいずれも認めるが、其の他の点は否認する。
第二、然れども原告会社が納入すべき責任糸量を果すための債務負担ということは、単に抽象的な責任に過ぎないのであつて民法上又は会計学上の債務関係ではない。従つて原告が繭、生糸等の横流販売に因つて得た右所得は課税対象となるのである。経済統制の一形式としてのいわゆる統制下命は直接法律により又は法律に基く命令によつて為され通常は国に対する作為、不作為又は受忍義務を内容とするものに分けられる。ところで蚕糸業法施行令第五条ノ規定ニ基キ輸出生糸確保ノ為ニスル措置ニ関スル件(昭和二十一年農林省令第十二号)によれば、生糸製造業者は農林大臣の許可を受けた場合を除いてその製造した生糸を日本蚕糸業会以外の者に譲渡することが禁止されており、器械生糸製造業者が日本蚕糸業会以外のものに譲渡したときは蚕糸業法により処罰せられる。この蚕糸業法による統制は他の多くの統制と同様に罰則の適用による間接強制の方式を採用したものである。従つてこれは不作為義務を課したものであることが明かである。又右農林省令には日本蚕糸業会は器械生糸製造業者に対し期間を指定しその期間内に製造し又は日本蚕糸業会に売渡すべき生糸の数量、繊度又は品位について指示すべきであり器械生糸製造業者はその指示に従うべき旨規定されているが、それは売買の目的となるべき生糸の数量、繊度又は品位について日本蚕糸業会の器械生糸製造業者に対する指示義務に従うことを要するという受忍義務が課せられているに過ぎない。即ち器械生糸製造業者が日本蚕糸業会の右指示に従うことを要することを訓示的に規定したに止まる(右指示は蚕糸業法第四十五条にいわゆる第二十条の規定による命令に該当しないと解すべきであるからである)。これらの規定の趣旨によつても生糸の製造期間、品位等に関する限り自治的適制に委ねた趣旨と解せられるから、器械生糸製造業者に対し生糸を日本蚕糸業会に売渡すべき作為義務を課したと認むべき根拠を見出すことができない。
仮に右省令の法条が器械生糸製造業者に対し生糸を日本蚕糸業会に売渡すべき義務を規定したものであり、且つ器械生糸製造業者が繭を購入しそれに繭検定規則による検査報告等によつて日本蚕糸業会に売渡すべき義務が具体化されているとしても、これを財産上の業務と同一視せらるべきではなく、その売渡すべき義務は国に対する統制法上の公の義務であつて国と人格を異にする日本蚕糸業会との間に右の公の義務あることによつてその器械生糸製造業者と日本蚕糸業会との間に直ちに私法上の債権債務の関係が成立するというわけではない。即ち器械生糸製造業者の生糸を納入すべき義務は前述の法条の予定する日本蚕糸業会との間に売買取引として実現されることによつて発生するものであり、それ以前は仮令責任糸量が具体化されてもその糸量を日本蚕糸業会に売渡すべき統制法上の公の義務を負うているに過ぎない。従つてこれをもつて原告会社の日本蚕糸業会に対する責任糸量五千四百五十五貫の納入義務が債務であるということはできない。
仮に右の納入義務が債務であるとしてもこのような債務は税務会計上損金として取扱うべきものではない。即ち税務会計上損金とは資本の払戻及び利益処分以外の純資産の減少を来すべき事実をいうのであつて、もとより財産上の債務に限らないが、逆に私法上の債務の総てが損金として損益計算表に記載能力があるわけでもない。一般に会計学上発生主義といわれ亦税務会計上権利確定主義といわれるものは、年度分配乃至期間計算主義の建前から古い現金主義又は弁済期到来主義を近代的に発展せしめた会計理論に過ぎないのであつて、発生主義といい権利確定主義といつても法律上の債権債務自体を指すものではなく資産の増減を如何なる時期に帰属せしむべきかという経理上の問題である。例を双務有償契約にとつて観ると、法律上の債務としてはもとより契約の成立と同時に発生するけれども資産の増減としては対価が供せられて始めて損益計算の領域に入るのである。商品の引渡によつて代金請求権が発生しその時に収益の発生がありとする権利確定主義も右の見解に基くのである。本件において仮に原告会社が日本蚕糸業会に横流によつて生じた責任糸量の不足量たる右五千四百五十五貫を売渡すべき義務が債務であるとしても、それは固より双務有償的なものであるから、このような納入義務があることをもつて直ちに資産の減少を来すべき事実として損金に計上する能力があると解することはできないのであつて、責任糸量を現実に供出して始めて会計上の問題となるのである。然るところ原告会社が繭、生糸等の横流を為したことによつて生じた責任糸量を現実に補填したのは次年度(原告会社の第三期事業年度即ち昭和二十三年度)においてであるから、本件係争年度の損益計算の対象と為すべきでないことは当然である。
而して前述の蚕糸統制法規により器械生糸製造業者が日本蚕糸業会に対しその製造した生糸を売渡すのであるが、その売渡はいうまでもなく法律行為であつて単なる納入という事実行為ではない(このことは右法規上明白である)。即ち器械生糸製造業者が日本蚕糸業会に生糸を納入するには生糸検査所において生糸の格付を受けその格付並に対価を記入した売渡申込書を提出して売買が成立する。それが即時売買であるにせよ器械生糸製造業者と日本蚕糸業会との間に売買という法律行為が介在するのである。原告会社のいう納入義務も要するにこのような売買を為すべき義務に外ならないのであつて、この義務自体は豪も資産の減少を来すべきものでないから、法人税法上損金となるべき性質のものではない。要するに器械生糸製造業者が生糸検査所における手続を経て日本蚕糸業会に売渡すことによつて始めて損益計算の領域に入るのである。原告会社は第二期事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)において未納責任糸量の不足量五千四百五十五貫を生じたので翌第三事業年度において農林大臣の割当により購入した繭によつて製造した生糸で右不足分を補填納入したのであつて、その会計上の措置も第三事業年度分として記帳している。而して天災等による責任糸量の減免、価格差益金関係の歩引、電力石炭等の経済事情に応ずる自家消費分の許容による生糸納入義務の免除等があつて、生糸年度末(毎年五月三十一日)における生糸未納責任糸量は繭の検定によつて算出された当初の責任糸量(取引糸量)とは必ずしも一致しない。現に原告会社の場合にも昭和二十二年生糸年度末(昭和二十三年五月三十一日)現在における未納責任糸量は当初責任糸量七千四百九十貫六百九十七匁より歩引千百二十貫七百二十一匁と自家消費量五十三貫を差引いたものであつた。従つて責任糸量の確定に指示を要するか否かは別として考えても、責任糸量が具体的に確定するのは早くて右生糸年度末である筈であるから、原告会社の第二事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)には未だ責任糸量は具体的に確定していなかつたのである。即ち本件において原告会社は第二期事業年度中に五千四百五十五貫の責任糸量不足分を生ずる結果となつたがその納入義務は同事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)において具体的に確定したものとはいえないのである。
なお、原告会社は責任糸量の納入義務が具体的債務である事情として、原告会社の昭和二十二生糸年度の生糸納入未済量に対し価格差益金の徴収が行われた旨主張するが、税務官吏としては原告の経理において損金として計上したときにこれを損金と認めているに過ぎないので、そのことは第三期事業年度乃至は第四期事業年度に関することであり係争事業年度の損益計算とは何等関係がない。なお亦価格差益金は価格差益金処理規則(昭和二十一年大蔵省令第二十六号)によつて物価庁長官の発する納入告知書により納入することになつているが、日本蚕糸業会が器械生糸製造業者より手持量の報告を受けこれに基いて納入事務を取扱つていた関係上既に在庫していない生糸について価格差益金を納付するという実情もあつたことと思われるが、それは正確な報告に基いて正当な納入告知により正当な納入告知書が発せられるべきであつたというに過ぎないので、このことからして直に責任糸量の納入義務が具体的債務であるということはできない。
更に原告会社が横流を為した繭が原告会社より日本蚕糸業会に為した繭手形(振出人原告会社、受取人日本蚕糸業会)の裏書交付により生ずる債務に対する担保として差入れてあることは原告会社が日本蚕糸業会に売渡すべき責任糸量が一定していたとしても、これは一定量の生糸を日本蚕糸業会に売渡すべき責任があるというに過ぎないので、このような責任の存在も亦原告会社の資産を現実に減少させるものではないから損益計算上損金に計上すべき事実ということはできない。
以上のように原告会社の責任糸量五千四百五十五貫の納入義務は民法上会計学上の債務ではなく、亦原告会社が繭、生糸並に繭製品を闇価格で横流をして得た金二千二百十万九千三百七十三円が課税対象となることは当然である。
第三、経済統制法規違反による利得も課税の対象となり得るのであつて、これに課税することは憲法並に税法その他の法律の規定に違反するものではない。例えば経済統制法規に違反して売買が行われた場合に法定価格を超えた部分についてその売買契約が無効であつても既に代金の授受が行われておればいわゆる不法原因給付として買主においてその超過部分の返還を請求することができないのであるから、このような不法な利得も返還の請求を受けない点において一般の正常な所得と何等異るところがなく完全に財産増加という収益事実があつたということができる。従つてこれに課税することができるのである。
(一) 租税は刑罰と異り国家の収入の確保を目的とする権力行為である。従つて経済統制法規違反の行為が一方において刑罰法規による制裁を受けてもその行為によつて得た利得に対し租税を課せられることは何等矛盾若しくは重複するものではない。法人税法又は所得税法にいわゆる所得の概念は必ずしもその意義明白でないが多くの人が定義するように、所得とはあらゆるものの財産増加の事実である。即ち財産増加の事実があれば所得となるのであつて、その財産増加の原因が不法であるか合法であるかは直接には関連のない事柄である。従つて犯罪による不法な所得といつてもそれが財産増加と認められる限りにおいては所得であることに変りがない。然し財産増加の事実があるといわんがためには単に金品乃至利益を受領したというだけでは足りないと解するのが相当であるから、金品乃至利得がその者に属するか少くともその者以外の者に属しないことを要すると考えられる。従つて窃盗や強盗によつて取得した財物は所得権の移転がないから所得とならないが、賭博又は経済統制法規違反の行為によつて得た利得は返還請求権を伴わないから所得となると解すべきである。所得を右のように解することによつて租税制度と罰金、没収及び追徴金制度との関係を理解することができる。即ち物価統制令、蚕糸業法各違反の罪には懲役又は罰金による制裁があるがこれは単に利益の剥奪のみを企図しているのではなく罰金本来の目的である懲罰的一般予防的性格が主となつていると解さなければならない。没収及び追徴についても同様のことを言い得る。即ち没収は形式上からも附加刑であるわけであるが、その実質においても単に利益の剥奪のみを企図しているのではなく犯罪に直接関係のある部分はそれが犯罪者以外の者の所有に属しない以上これを犯罪者の所得より剥奪することによつて将来の犯罪を予防しようとする刑事政策上一種の保安処分であると解される。このように解すれば罰金及び没収は刑事上の制裁若くは刑事政策的保安処分であつて、国家の収入を確保するため国民の所得の一部分を税金として国家に収納することを目的とする課税処分とは何等矛盾若くは重複するものではないこと明かである。そして経済統制法規違反を原因とする利得に対して課税権を認めてもその利益から税金を差引いた残額の悉くを犯罪者の所得として公然保持せしめ、税法が犯行自体を容認する結果にはならない。蓋し税金を収納してもこれによつて納税者の犯罪に対する責任が免除されることにはならないからである。
(二) 法人税法第九条第二項の法人が各事業年度において納付し又は納付すべき法人税又は罰金若くは科料は同条第一項の普通所得の計算上損金に算入しない旨の規定は、法人がその業務に関する代表者又は使用人の取引行為について両罰規定の適用を受けて罰金又は科料に処せられる場合にその罰金又は科料の納付が業務に関するものであるから或は営業上必要な支出としてこれを損金に計上すべきではないかとの誤解を避ける為に注意的に規定したものに過ぎないのであつて、このことは前述の罰金又は科料の性質上当然である。従つてこの規定から税法が罰金若くは科料に処せられるような犯罪を原因とする利得を正常な行為に基かない所得として普通所得の計算上益金を算入しない建前を採つているものとは到底解することができない。
(三) 憲法第三十八条第一項の不利益供述強要禁止の規定は、必ずしも刑事手続に限らず被告人、被疑者、証人等は勿論すべての者に適用されると解されているが、この規定はいうまでもなく刑事責任に関する規定であるからここに不利益な供述というのは刑事責任に関する不利益な事実の供述、換言すれば有罪判決の基礎となる事実や量刑上不利益な事実等の供述を意味し単に財産上の損害を生ずる事実などはここにいう不利益な供述に当らない。ところで法人税法において課税の対象となるのは所得であつて各事業年度の総益金から総損金を控除した金額が課税の標準となるのであるから、申告の対象となるのもこの金額であつて、仮令経済統制法規違反の行為に因つて得た利得であるとしても、その犯罪自体の申告を要求しているわけではない(本件に適用される改正前の法人税法第十八条第二項が申告について犯罪原因の記載を要求していないことは同条に記載する明細書に関する同法施行細則表五乃至十二に明瞭である)。又申告書に添附すべき財産目録、損益計算書の提出も何ら犯罪事実の供述とは関係がない。このことは現行租税法が犯罪搜査とか科刑を目的とするものではなく国家の収入を確保するために各人の収益に応じて税を課することを目的とするものであること並にその課税手続を民主化し、より合理的にせんがために改正(法人税法につき昭和二十二年法律第二十八号同年四月一日施行)された申告納税制度そのものの精神に鑑みて疑のないところである。なお所得税法上においても右と同様であつて、同法において記載を要求している所得の生ずる場所というのは同法第一条第二項に定める納税義務の確定その他所得額の調査の必要のため所得がどの場所で生ずるものであるかを明確にさせる趣旨に過ぎないのであつて、闇価格で販売した個々の取引場所を明記することを要するものではない。このように申告納税制度は刑事責任を伴う不利益な供述を要求するものではなく憲法の定める国民の納税義務を最も民主的に遵守する方法として考察されたものである。仮に申告に納税義務者にとつて不利益な供述があつても、それは単に財産上の損害を生ずる事実の供述に過ぎないのであるから経済統制法規違反の行為に因つて得た利得を課税及び申告納税の対象としても前示憲法の条項に何等違反するものではない。又本件に適用される当時の法人税法には申告を為さない場合について何等制裁規定がないのであるから不利益な供述の強要ということも考えられない。本件において被告は調査に当り原告会社が二重帳簿を作成していることを発見し、その帳簿について原告会社の関係者より説明を聞く等調査した結果原告会社には本件係争年度中においてその確定申告以外に収支計算上金二千二百十万九千三百七十三円の所得があつたとの心証を得たのであつて、この認定に当り個々の所得の原因を探究する必要を感じなかつた。蓋し所得の調査は犯罪の搜査と異り必ずしも所得発生の原因である個々の事実を探究する必要はなく所得が存在するとの確信を得れば足りるのであるからである。従つて本件においてはいずれの点よりするも憲法第三十八条第一項に違反しないのである。
(四) 原告主張のとおり大蔵省は昭和十七年七月七日に闇取引による利益を所得税の課税対象としない旨の主税局長通牒を発したが、これは理論的に経済統制法規違反を原因とする利益が課税の対象とならないという訳ではなく国家は所得税収入の一部を犠牲にしても経済統制法令を厳格に励行してこの違反を禁遏しようとする政府の政策に応じて徴税実務上の処理方針とし内部的に示されたものであつて、固より法規としての性質を有つものではない。然し戦後における経済事情の激変は遂に経済統制法規違反の取引が経済取引の常道であるかのような変則時代を現出し又敗戦感に伴う民心の虚脱状態は納税思想の著しい低下を招来したので右通牒の趣旨を維持することは我が国財政の破滅ともなりかねない状勢となつたので昭和二十二年の所得税法の一部改正(昭和二十二年法律第百三十三号)に即応して昭和二十三年三月三日に主税局長通牒を発して前述の通牒の趣旨に変更を加え、賭博や統制価格違反による収入は一応所有権が移転するから所得とするが、刑事裁判により追徴金を徴収された場合は所得に算入した年度分の更正をする旨の取扱方針を示し、これを同年一月一日に遡つて施行するに至つた。右の経緯によつて明かなようにこれら二つの通牒はいずれも当時の財政状態に即応して課税実務上の取扱方針を示したものに過ぎないのであつて、前者の通牒が経済統制法規違反を原因とする利益も課税の対象としないという方針を定めたと言つても、これをもつて右のような利益に対し課税することができるという理論上の立場を否定したと速断すべきではない(なお昭和二十一年八月七日の帝国議会において政府委員より闇取引による収入に対し課税しない政府の方針を堅持する旨の説明は国家の収入と当時の経済状勢より導き出される政策と関連している。)そして後者の通牒をもつて前者の通牒の趣旨に右のような変更を加えたからと言つても、それは決して新しい租税を課すものではないから立法を必要とするものではない。従つて憲法第八十四条に違反するかどうかの問題とならない。
以上のように被告が原告会社に対して為した本件課税処分は何等違法の点がないのであるから、原告の本訴請求に応ずることができない。
と述べた。
(証拠省略)
三、理 由
本訴請求原因は要するに、(一)被告が原告会社に対して課税決定を為した原告会社第二期事業年度の課税対象となつた金二千二百十万九千三百七十三円は、原告会社が繭、生糸、副製品等の横流販売を為した所得であるが、原告会社が政府に納入すべき生糸の右期末における不足量五千四百五十五貫を補填し納入すべき債務を負担しているのでこの生糸納入責任が具体的債務であり、又補填のため繭を購入する義務は具体的債務であるからこの義務履行のために要する出費は法人税法第九条第一項にいわゆる損金として計上せらるべきである。従つて被告の課税処分は違法である(供出責任糸量の問題)(二)右課税の対象と為された金額は原告会社の経済統制法規違反行為による不法な利得であるから、これに対し課税権を認めることは憲法その他の法律の規定に違反するので、被告の右課税処分は無効である(犯罪に因る不法な所得に対する課税権の問題)。よつて被告の右課税処分の取消を求めるということに帰する。而して原告は右(一)の主張に対する被告の答弁に対し、原告会社の繭の横流販売の収益と右繭補填に要する出費とを対応せしめて所得を算定すべきであり、而も収益とこれに対応する支出とは同一年度に計上処理すべきであるから右繭補填費用の出費が将来確実であるので同一年度において支出を計上して損益計算を為さなければならないのに、これを為さず収益のみに課税した被告の処分は違法である旨主張し、被告は原告主張の生糸納入義務は債務ではなく又生糸納入不足量に対する補填義務も債務ではなく、従つてこれに要する費用は法人税法第九条第一項にいわゆる損金と解することはできないこと及び原告会社の所得である経済統制違反行為に因る不法な所得に対して国家に課税権があるから被告の課税決定は違法ではない旨抗争する。よつて第一、供出責任糸量の問題、第二、これに対する右被告の答弁に対する原告の答弁、及び第三、犯罪に因る不法な所得に対する課税権の問題の順序に従つて判断を進める。
第一、供出責任糸量についての判断
法人税法第九条第一項には「法人の各事業年度の普通所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」(昭和二十五年法律第七十二号により「普通所得」を「所得」と改正)と規定しているが、如何なるものを益金とし損金とするかについて一般的に規定がない。そこで総益金とは法令により別段の定のあるものの外資本の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、総損金とは法令により別段の定めあるものの外資本の払戻又は利益処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいうものと解するのを相当とする。而して対資本関係は別として、右の損益発生の時期に関しては会計学上の原則並に法人税法の立法目的に照して解釈しなければならないのであつて会計学上の原則によると、現実に権利義務の実行即ち金銭の収支の時をもつて損益発生の時期とするもの(いわゆる現金主義)と、収支すべき権利が確定することをもつて足るとし現実に権利義務の実行があつたか否かを問わないもの即ち損益発生の事実(経済的価値の増減の事実)に基いて計算し現金収支の如何を問わないとするもの(いわゆる発生主義及びこれを制限するものとして実現主義)とがある。法人は、個人の小規模な企業の単純な取引と異り、組織的継続的営業を遂行する経営体としての活動に基く損益を計算しその所得に課税されるのであるから、その損益の計算は法人の資産の現況を明かにする必要があると共に、一般に法人の企業は大規模にして複雑で取引関係が即時に終了せずして債権債務の関係を生ずることに鑑るときは、現金主義だけでは損益従つて資産の増減の実態を充分に把握することができないのみならず、法人においては債権が発生すれば資産が増加したことにより債務が発生すれば法人の資産が減少するものであることからすると、原則として前示発生主義により法人の損益を計算すべきものと解する。従つてこれを損金についていうと、法人が或る費目を決算上損金として計上する場合において当該事業年度において支出すべきことの確定したものであれば、未だ現実に支出がなくても該事業年度の損金と為すべきであるが、現実の支出あるまでは確定計算のできないもの即ち確実に捕捉し得ないものは計算から除外すべきであつてこれを損金ということはできない。
(一) 原告は、繭、生糸等については統制が実施されており原告会社の第二期事業年度末において日本蚕糸業会に納入すべき生糸五千四百五十五貫の不足量を生じたが、法令上これを納入すべき義務がありこの義務は法人所得の検査計算上の債務である旨主張するので、この点について考慮する。
原告会社がその第二期事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)において繭、生糸並に蛹油その他の副製品を経済統制法規の譲渡禁止に違反し(いわゆる横流)且つその法定価格を超えて(いわゆる闇価格で)販売した収入金が四千二百六十一万二千七百四円十二銭でありこれに対し収支計算の上金二千二百十万九千三百七十三円の所得(この中二千百一万五千八百六十六円三十三銭が繭並に生糸、百九万三千五百六円六十七銭が蛹油その他の副製品の横流販売による利益である)があつたこと、及び原告会社が同年度末において日本蚕糸業会に対する未納責任糸量が五千四百五十五貫であつたことは、いずれも当事者間に争のないところである。蚕糸業法、同施行令(昭和二十年勅令第七百二十二号)、同施行規則(同年農林省令第三十一号)、同令第五条ノ規定ニ基キ輸出生糸確保ノ為ニスル措置ニ関スル件(昭和二十一年農林省令第十二号)並に繭検定規則(昭和十六年農林省令第三十八号)によれば、蚕糸類(蚕種、繭、生糸、蚕蛹(蛹油その他)、副蚕糸(きびそ、びす、屑繭、生糸屑等)その他及び繭糸業者に対しては統制が行われ、政府の許可を受けた場合その他特別の場合の外(イ)養蚕家は農林大臣の定める数量を超えてその生産した繭を自家用に供することができず、(ロ)農業団体法による農業団体以外の者は養蚕業者よりその生産した上繭を買受けることができず、(ハ)器械生糸製造業者又は日本蚕糸業会以外の者は農業団体より上繭を譲受けることができず、(ニ)器械生糸製造業者はその譲受けた上繭を器械生糸の製造以外の用に供することができず、(ホ)生糸製造業者はその製造した生糸を日本蚕糸業会以外の者に譲渡することができず、(ヘ)器械生糸製造業者は、日本蚕糸業会が農林大臣の指示に基き一定期間内に製造し又は日本蚕糸業会に売渡すべき生糸の数量等につき指示を為したときは、その指示に従わなければならないこと、及び(ト)繭は都道府県の行う検定による品位によらなければ売買ができず、繭の検定は売渡人と買受人との請求によつて行い、検定請求書には荷口繭重量が記載され、検定書には生糸量歩合が記入される旨定められている。而して成立に争のない甲第九号証(被告人不二蚕糸株式会社外一名に対する法人税法違反被告事件の公判調書中証人小山俊吾、同富岡秀の各供述記載の部分)、同第十一号証(同被告事件の公判調書中証人岸勝彌供述記載の部分)、同第十六号証(同被告事件の公判調書中証人白井武供述記載の部分の一部)、同第四十号証の各記載に証人小山俊吾、同富岡秀(第一回)、同石田満郎の各証言を綜合すると、農林大臣は器械生糸製造業者に対しその各工場毎にその釜数施設を検討し生糸製造予定数量、繭生産目標等を勘案して都道府県が知事の補助により市町村を単位として繭を購入すべき地域を指定し(いわゆる地盤割当)、それによつて右地域の農業団体より器械生糸製造業者の各工場毎に購入せしむべき繭を売買の都度前示のように繭検定規則に従い当該都道府県にある繭検定所において生糸量歩合(一定の重量の繭から出る生糸の目方の割合、即ち検定糸量)、荷口繭重量(検定を受けた繭の総数量)等所定事項を検定せしめること、その上器械生糸製造業者が購入した繭について右検定の結果を売主である農業団体、買主である器械生糸製造業者及び繭検定所の三者から正確に農林大臣乃至日本蚕糸業会に報告されていること、右の報告が基準となつて繭の検定によりその繭より操糸されるべき生糸量の歩合(生糸量歩合)を出したものを検定糸量といいこの検定糸量に九七・一パーセント(繭を操糸するについて実際上時間の経過があり品質の低下減耗も考えられるので全国一律に二・九パーセントを控除した九七・一パーセントを乗ずることが商慣習となつている)を乗じたものを取引糸量(又は取引生糸量歩合)といい、これが器械生糸製造業者の日本蚕糸業会に対して納入する責任ある糸量(供出責任糸量、即ち原告のいわゆる責任糸量)であること、原告会社が製糸業法第一条による器械生糸製造業者の免許を受けていること、及び日本蚕糸業会が農林省の代行機関の役割を務め生糸の売買その他金融面の事務を担当しており、その会員中には器械生糸製造業者等が含まれていること等が認められる。
(1) そこで先づ原告会社の供出責任糸量が繭の検定によつて具体的に確定するかどうかについて考えてみる。(イ)前示のとおり繭並に生糸については厳格な統制が実施されており、原告会社等器械生糸製造業者は割当られて購入した繭より製造した生糸を日本蚕糸業会に納入売渡さなければならない義務(供出責任糸量)を負うていたのであり、その売渡すべき生糸については繭の検定の際農林大臣並に日本蚕糸業会にその数量を知られていたのであり、その供出責任糸量は繭の検定の結果により算出される。然し前示昭和二十一年農林省令第十二号に、生糸製造業者は農林大臣の定める場合又は農林大臣の許可を受けた場合の外その製造した生糸を日本蚕糸業会以外の者に譲渡することを得ない旨(第五条)、更に農林大臣が海外の生糸需要に応ずるため指示を為したときは日本蚕糸業会はその会員である器械生糸製造業者に対し日本蚕糸業会に売渡すべき生糸の数量、繊度又は品位を指示しなければならない旨(第六条第一項)この規定による日本蚕糸業会の指示を受けた器械生糸製造業者はその指示に従うことを要する旨(第六条第二項)いずれも規定されている。従つて器械生糸製造業者は、特定の場合の外その製造した生糸を日本蚕糸業会以外の者に譲渡することができないことになつているが、日本蚕糸業会から納入数量等について指示を受けたときにはこれに従い生糸を日本蚕糸業会に納入売渡を為すべきことが定められているのに過ぎないのであつて、前示のように繭の検定により原告会社が日本蚕糸業会に納入すべき供出責任糸量の予定数量が一応算出されるとしても、農林大臣乃至日本蚕糸業会において器械生糸製造業者に対する右指示を為し得る余地があるので右規定の趣旨から売渡義務並に生糸売渡の責任数量が自動的に確定するものと解することはできない。尤も証人富岡秀(第二回)の農林大臣が生糸の右数量について割当指示を為したことはない旨の証言があるが、このことは右認定の妨とならない。(ロ)成立に争のない甲第二十八号証の一乃至三、同第二十九号証の各記載に証人牧野正春(第二回)、同小口亘の各証言を綜合すると、原告会社の原料受払表(甲第二十八号証の一乃至三)の「業会割当糸量」欄の中に「預定」「推定」という記載があつてこれは日本蚕糸業会に対する前示報告を為しその後日本蚕糸業会から通知があつて後に確定数字を記入する箇所の意味であること、並に糸量調査表ニ関スル件(同第二十九号証の一部)中に原告会社における各工場の従来の糸量に関する原料受払表の様式を改めその記入要領として割当糸量員数又は割当予想員数を割当糸量欄に記入することを要求していることが明かであり、このことはいずれも原告会社が日本蚕糸業会からの減耗の通知或はその他の事情により日本蚕糸業会からのこれに納入すべき通知数量を予想していることを推認するに充分である(この認定事実よりすれば検定糸量と供出責任糸量とは必ずしも一致しているものではない)。(ハ)成立に争のない甲第三十二号証の記載により日本蚕糸業会が原告会社上田工場に対し工場収納繭に対する生糸量(前示取引糸量に相当するもの)に対して基準生糸量なる語を用いていることが明かである。(ニ)弁論の全趣旨によると、前示原告会社の第二期事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)に未納責任糸量が五千四百五十五貫であることについて被告が認めて争わないことの「責任糸量」とは前示検定糸量を基準とした取引糸量に対する納入不足量の趣旨であり確定した供出責任糸量という趣旨でないことが窺われる。右(イ)乃至(ニ)に認定した各事実を綜合すると、繭の検定の結果原告会社の供出責任糸量が具体的に確定し原告会社と日本蚕糸業会との間に債権債務の関係が生ずるということはできない。従つて原告会社の右生糸納入義務は法人所得の損益計算上債務であると観ることはできない。
なお原告は、原告会社が生糸価格改定の都度価格差益金を納入したことにより原告会社の未納生糸納入義務が法人所得の損益計算上の債務として確定する旨主張するが、価格差益金は価格差益金処理規則(昭和二十一年大蔵省令第二十六号)により統制後の改訂があつたとき当該物品に関する差益の全部又は一部を国庫に納付するものであつて、右に説示したように繭の検定により供出責任糸量が確定した具体的価格でない以上繭の統制価格改訂の度毎に原告会社が所有し又は保有しているべき繭の価格の差益を国庫に納入することからして直に原告会社の供出責任糸量の納入義務が法人所得の損益計算上債務として確定するということはできない。従つて原告の右主張を採用することはできない。
(2) 次に原告会社が日本蚕糸業会に納入する供出責任糸量が具体的に確定する時期について考えてみる。前顕甲第十六号証の記載に証人上原幸一の証言を綜合すると、原告会社の傘下各工場で製造した生糸を工場毎に原告会社横浜出張所に送り同所より横浜市所在の日本蚕糸業会生糸検査所で検定を受けて検定証の交付を受け一方検査済の生糸は生糸検査所において右荷口に判印を為し同市所在日本蚕糸業会横浜出張所がこれを受領して日本蚕糸業会に納入したこととなり、右検査による生糸の格付により格に対する単価に生糸の正量を乗じた金額(売買代金)が原告会社横浜出張所に支払われることによつて原告会社が代金を受領するに至ることが認められ、次に証人石田満郎の証言によると、器械生糸製造業者が生糸検査所において生糸の正量、糸質等について検定を受けて給付された検査証を現物に添えて日本蚕糸業会に対し売渡の申込を為すのであり、この売渡の申込に基き日本蚕糸業会が買受を為すのでこれにより売買が成立するのであること、及び現物を日本蚕糸業会に持込んだ都度売買契約が成立すること一般の統制会社の場合と同様であることが認められる。右生糸検査は生糸検査規則(昭和二十一年農林省令第二十六号)に基いて行われるのである。而して前段説示の器械生糸製造業者が検定の結果検定糸量を定められた繭から製造した生糸を右各認定のように生糸検査所における生糸の検査によりその格付を為した上日本蚕糸業会に納入する事実を考えてみると、日本蚕糸業会に販売しなければならない義務は一種の抽象的債務といえるが確定的な債務といい難く右のように生糸の現物を日本蚕糸業会に納入することが抽象的な義務の履行であるとともにこの売買契約によつて具体的に債務が確定すると同時に即時売買の形式でその債務の履行が為されると観るべきである。蓋し蚕糸業法以下の前示法令に基く繭、生糸に対する統制は一般の統制と同様にその違反のあるときは罰則(蚕糸業法第四十五条その他)により強制するいわゆる間接強制の方式によるものと解すべきであり、経済統制法上の命令強制行為の一形式である統制下命(統制下命は内容的には作為、不作為、給付及び受忍に分れ、又統制下命の対象は事実行為に限らず法律行為に及ぶものと解する)が右認定のように売買という法律行為を対象とする場合であるからであり、なお亦前示法規並に叙上認定の事実より考察すると、器械生糸製造業者と日本蚕糸業会との生糸売買契約は特殊の売買契約であるとは認められず通常の売買と同様諾成契約であつて生糸の給付義務は売買契約が成立してから生ずるものであると解しなければならないのみならず、器械生糸製造業者が日本蚕糸業会に生糸を売渡すべき義務を負うているのみで生糸納入の引渡義務まで負担していると解することはできないからである。
右のように売買契約と生糸の引渡が即時に行われていたのであるとしてもその売渡義務即ち売買契約を為す義務は右統制下命に基く作為義務に過ぎないのでそれ自体金銭的評価が為されるべき性質のものではない。叙上(一)の各認定に反する甲第二号証、同第十乃至十四号証、同第十六号証、同第二十一号証の各記載の部分並に証人牧野正春(第一回)の証言部分並に原告代表者上野秀喜尋問の結果の一部は前示各証拠に照し当裁判所の信用しないところであり、その他原告の全立証によるも右各認定を覆すに足りない。従つてこのような状態にあるものは現実の支出あるまで確定計算ができず確実に捕捉し得ないものであるから前説示の発生主義の立場よりしても法人税法第九条第一項の法人所得の損益計算上債務であると観ることはできない。よつて原告の右主張は理由がないので採用することができない。
(二) 次に原告は、原告会社が日本蚕糸業会に対する前示生糸納入不足量五千四百五十五貫に対し繭を購入操糸してこれを補填すべき義務があるのでこれが履行のために要する出資が資産の減少を来すべき一切の事実に該当するから法人所得の損益計算上損金に計上せらるべき旨主張するので、この点について考察する。
原告会社が繭、生糸の横流販売を為したため本件係争事業年度末(昭和二十三年三月三十一日)において日本蚕糸業会に対し右主張のような納入不足量を生じたことは当事者間に争がない。而して繭、生糸について前説示のように統制が行われている以上統制法上の義務履行として原告会社が生糸納入不足量を補填すること即ちこれに相当する量の生糸を日本蚕糸業会に納入販売を為すためには正規のルート以外より即ち統制法規の譲渡禁止に違反しその法定価格を超えて繭を購入しなければならないであろう(操糸による出目を利用して順次補填することもできないことではないが長年月を要し後に示すように掛目高騰を続けていた当時として経済的に非常な不利益であつた)。然るに当時諸物価騰貴の折から掛目高騰を続けていた(このことは証人牧野正春(第一回)の証言の一部並に原告代表者上野秀喜尋問の結果の一部により明かである)ために原告会社が生糸納入不足量を補填するために正規のルート以外より繭を購入し加工費を費すことは曩に横流販売を為して獲得した収入金よりも多額の出費を要するであろうことは容易に首肯できる。然し原告会社が負担しているのはどこまでも日本蚕糸業会に対する生糸の納入売渡義務であつて繭補填の義務ではない。原告会社は日本蚕糸業会に対し生糸の納入義務を負うているというだけで日本蚕糸業会に対する生糸引渡の義務は前段認定の通り未だ具体的に発生しておらず、又証人富岡秀(第一回)の証言により農林大臣は器械生糸製造業者の生糸供出責任糸量に対して水害、鼠害等の事態が発生した際には調査の上生糸の供出責任糸量を減少することができること、原告会社の本件係争年度において電力、石炭の割当減少その他の事由により原告会社の未納責任糸量中五十三貫を自家用消費料として歩引されたことが認められる事実、と証人岸勝彌の証言により未納供出責任糸量が明確となるのは各通知や減耗料等の差引等も操糸の結果を見ないと判明しないので結局翌年六月頃になることが看取される事実に前段認定事実((一)(1)の(ロ))を綜合すれば、原告会社の本件係争年度の供出責任糸量が期末(昭和二十三年三月三十一日)には未だ確定していなかつたものと観なければならない。このことは繭、生糸を闇価格による横流販売を為したことによつて何等変化を蒙るものではない。ただ原告会社が右横流販売により保有繭の減少を来したため正規のルート以外より繭を購入しなければならなくなつたに過ぎない。然し繭を正規のルート以外より購入することは日本蚕糸業会に対する生糸の納入売渡義務そのものではなく、納入売渡義務の内容を為すものでもなく、又納入売渡義務履行の一部を為すものでもない。前説示のように納入義務は給付義務であるから給付の目的物を製造することは給付義務を履行するための行為(手段)ではあるが、給付義務そのものではない。いわんや給付の目的物の原料代金だけが給付義務の債務額となるということは到底あり得べからざることである。なお保有繭の不足は繭の横流販売を為すことによつて生ずることもあるであろうし、盗難、鼠害、火災、保管の不備等によつて生ずることもあるであろうが、給付義務そのものは原料繭の不足するに至つた原因如何によつて性質が変るものではない。更に附加すると原告会社は本件係争事業年度後において右五千四百五十五貫の不足量を日本蚕糸業会に納入したであろうか。輸出生糸検査を受けた生糸等の法定価格が昭和二十四年五月二十七日廃止され、器械生糸製造業者等に対する繭等の前示譲渡禁止、納入義務の統制が同日解除されたことは昭和二十四年物価庁告示第三百四十九号、同年農林省令第四十三号により明かであり、成立に争のない甲第二十一号証の記載(一部)証人富岡秀の証言(第一回の一部)並に原告代表者上野秀喜尋問の結果(一部)によれば、原告会社が右納入不足量五千四百五十五貫の中次期である第三期事業年度において日本蚕糸業会に対し一部納入したが残部は右統制解除により納入義務を免除されたことが認められる。従つて原告会社には繭、生糸の横流販売による前示利益金二千百一万五千八百六十六円三十三銭(本件課税対象より副製品の部分を除く)が入りこれを保持しているに拘わらず、原告会社は日本蚕糸業会に対する納入不足生糸量五千四百五十五貫に対して繭を購入してこれを補填すべき為の出費に充てらるべきものであると主張しているが結果において少くとも生糸の納入を免除された部分は明かに原告会社に入り資産の増加となつているのである。
以上のように原告会社と日本蚕糸業会との間に未だ生糸の売買契約が為されていないときに将来日本蚕糸業会より受領するであろう代金を債権として益金に計上できないと同様に買受契約すら為されていない繭又は生糸の時価並に繭の見積加工費等を損金に算入すべきものでないことは当然である。このことは原告会社が繭、生糸の闇価格による横流販売を為したことによつて得た収入金を益金に算入することは全く別個の問題であつて、これを益金に算入することは現実に右横流販売代金が原告会社に入り資産の増加となつているからである。叙上(二)の各認定に反する甲第二乃至六号証、同第十乃至十三号、同第十六号証、同第二十一号証、同第二十四号証の一の各記載部分並に証人牧野正春(第一回)の証言部分並に原告代表者上野秀喜尋問の結果の一部は当裁判所の信用しないところであつて、その他原告の全立証によるも右各認定を左右するに足りない。
されば原告主張の繭補填義務履行に要する出費は前段説示のとおり現実の支出あるまで確定計算のできないもので確実に捕捉し得ないものであるから前説示の発生主義の立場よりしても法人税法第九条第一項の法人所得の損益計算上債務であると解することはできない。
(三) なお、原告は、原告会社が横流販売を為した繭は日本蚕糸業会宛の約束手形上の債務の担保に供せられていたのであるから担保契約違反として損害の賠償をしなければならないことが法人所得の損益計算上の債務である旨主張するので、考察する。成立に争のない甲第九号証(前顕被告事件の公判調書中証人富岡秀供述の部分)、同第四十三号、同第四十四号の一、二、同第四十五号証の一乃至七、同第四十六乃至四十八号証、同第四十九号証の一乃至四の各記載に証人松本健、同三谷毅、同清水祐治の各証言を綜合すると、器械生糸製造業者が農業団体より繭を購入する際にその資金調達の円滑化を図るため器械生糸製造業者が日本蚕糸業会宛の一定の割合以下の額面で約束手形を振出し日本蚕糸業会がこれに裏書し器械生糸製造業者において銀行で割引を受けて資金の調達を為すのであるが、器械生糸製造業者が右裏書を受けるに際し日本蚕糸業会において生産並に融資計画等を検討した後に裏書を為し収納予定数量の繭を担保に供せしめること、その際器械生糸製造業者と日本蚕糸業会との間に手形裏書に関する契約なるものが締結せられその約定中に器械生糸製造業者が収納した繭を日本蚕糸業会が割引銀行又はその他適当と認める者に出納保管を為さしめる場合は原告会社においてこれに同意し、担保に供せられた右繭の出納保管について日本蚕糸業会がこれを委託する者がない場合は器械生糸製造業者が自ら善良なる管理者の注意をもつて出納保管に当り、器械生糸製造業者は之を他の借入金の担保に供し又は他に流用するようなことのないことを確約すること、原告会社が昭和二十二繭年度(昭和二十二年六月一日より昭和二十三年五月三十一日迄)において右のように契約の上融資を受け繭を担保に差入れたことが認められる。然し証人三谷毅、同倉島彌三郎、同上原幸一の各証言を併せ考えると、担保に供された右繭の出納保管について割引銀行が繭の保管を為すことは事実上困難で、又他に適当な保管者もなかつたので、当該器械生糸製造業者をして保管せしめる実状にあつたこと、それにも拘らず日本蚕糸業会において倉荷証券を受取つていないこと、又日本蚕糸業会が器械生糸製造業者に代つて生糸検査所で生糸の検査を受けるようなことのなかつたこと、この約束手形が不渡となり担保権を実行されたというような事例がなかつたことを看取するに充分である。而して右認定の事実から観ると原告会社が購入した繭を日本蚕糸業会に対し担保に供することは購繭資金の円滑なる調達にあるのであつて担保といつても資金調達の便宜上前示のような契約の形式を踏んだに過ぎないものであることが推知せられる。更に右担保に供することは結局購繭資金調達のための約束手形割引に関する債務の担保に供することとなるのである(日本蚕糸業会が裏書により保証していることになる)。これらの点を考えると右のように繭が担保せられていることは生糸に関しては計理上の債務と観ることはできない、蓋し購繭約束手形による資金調達の有無に拘わらず繭、生糸の横流販売を為した場合にその補填を為すべき義務を負うているのだからである。従つて又原告会社が日本蚕糸業会に対し担保に供せられている繭の横流販売を為したことによる担保契約についての損害賠償の義務は法人所得の損益計算上債務ということはできない。よつて原告の右主張は理由がない。
第二、供出責任糸量に関する被告の答弁に対する原告の答弁についての判断
原告は、法人税法第九条第一項の解釈上総益金、総損金の意義については民法上の法理に偏せず経済上の見地から解釈すべきであるから原告会社の繭の横流販売の収益と右の繭補填に要する出費とを対応せしめて所得を算定すべきであり、而も収益とこれに対応する支出とは同一年度に計上すべきであるから会計学の原則により右繭補填費用の出費が将来確実であるから同年度において支出を計上して損益計算を為さなければならないのに、これを為さず収益金にのみ課税した被告の処分は不当である旨主張するので、考察する。
法人税の益金、損金の意義については前説示のとおりでありこれらの解釈について民法上の法理に偏することなく経済上会計学上の見地から解釈しなければないことも前説示のとおり当然のことであり、又収益とこれに対応する支出とは同一年度に計上処理しなければならないこと(いわゆる期間計算の原則)も亦当然である。惟うに前示発生主義及びこれを制限するものとしての実現主義に基き損益計算を為すには、既に収入支出の事実が発生していても未だその事業年度の収益又は損費とならないものは次年度に繰越されるべきであり、その年度において未だ収入支出の事実が発生していなくても既に収益又は損費として成立しているものはそれを見越してその期間の損益に計算すべきであるが、収益又は損費として成立していないものまでも損益に計算することはできない。本件についてこれを観るに、前段説示のとおり原告会社がその第二期事業年度において繭、生糸の横流販売を為して日本蚕糸業会に納入すべき同年度分の供出責任糸量に五千四百五十五貫の不足を生じ次年度において繭を正規のルート以外より購入して補填する必要があつたことは、前段認定のとおりそれがあくまで次年度以降のことであつて原告会社の第二期事業年度においては未だ右繭の購入契約すら成立していないのであつて、その代金を決定することができない上に右繭の購入、操糸並に日本蚕糸業会に納入販売することによつて如何なる損益を来すかを知る由もないのであるから、経済上の見地から解釈しても原告会社の第二期事業年度の損金とすることはできない。又収益とこれに対応する費用(損費)とを対応せしめて所持を決定することもいわゆる費用収益対応の原則上当然のことであり、法人の課税対象たる所得は前説示のように総益金から総損金を控除した金額であるが、このことは課税目的上当然に費用収益の原則が予定せられていると解せられる。而して企業の会計計算は右発生主義、実現主義更に費用収益対応の原則により規律されるのでありこれ等の原則は期間損益計算の把握に不可欠の基準を提供するものである。本件についてこれを観るに、前示のとおり原告会社が繭、生糸の横流販売を為した収入金に対し収支計算の上金二千百一万五千八百六十六円三十三銭(本件課税対象より副製品の分を控除した)の所得ありとしてこれに対し課税決定を為したのであるが、成立に争のない甲第十四号証、乙第二号証の各記載に証人広沢操の証言を綜合して、原告会社の右収入金に対し収益と費用を対応せしめた上税務取扱上の原料評価減を行つて右利益金(所得)を算出したことが明かである。従つて原告会社の右横流販売による収入金とこれに対応する費用(損費)と第二期事業年度に計上処理して右課税所得を算定しているのである。然れば既に費用収益対応の原則が働いた後においてそれ以上更に次年度以降に生ずるであろう保有繭補填に要する費用を勘案する必要は全くないものといわなければならない。
よつて原告会社には本件係争年度において現実に純資産減少の原因たるべき事実が生じていると解することはできないので、原告の右主張は到底採用の限ではない。
第三、犯罪による不法な所得に対する課税権の有無についての判断
原告は、被告が原告会社の所得と決定した金二千二百十万九千三百七十三円は原告会社の経済統制法規違反行為による利得であるから、これに対し課税権を認めることは憲法、その他の法律の規定に違反する旨主張するので、此の点について判断する。
原告会社の第二期事業年度(昭和二十二年四月一日より昭和二十三年三月三十一日まで)の所得と認められた金二千二百十万九千三百七十三円が原告会社の繭、生糸並蛹油、きびそ、びす等の副製品等を闇価格による横流販売を為したことに因つて生じた所得であることは当事者間に争のないところである。
(一) 原告は、「犯罪に因る利得は国家において罰金、科料、没収、追徴等によりこれを剥奪し犯罪者の利得に帰せしめないのにこれに課税権を認めるとすれば、その帰結としてその所得に課税した残額を犯罪者の所得として公然保持せしめることとなり税法が犯罪行為自体を容認することになるので、犯罪による不法な所得に対して課税権を認めるべきでない旨」主張するので、考察する。
国家がその存立を全うするためには国民より信託された統治権に基いてそれに必要な費用をその構成員である国民に賦課するのであり、国民は憲法第三十条に規定するとおり納税義務を負うことを承認し、その資力に応じて国家の財政的基礎を支持しているのである。従つて国家の経費分担の基礎となるものは国民の資力であつて、その因つて生じた原因は経費分担の上において必ずしも考慮すべき事項とはいい得ない。国民の資力は適法な原因に因つて生ずることもあるであろうし、不法な原因によつて生ずることもあるであろう。而して後者の場合はその原因が法律により否定されることがあるが、それによつて資力そのものが否定されない限り租税の対象と為し得るものである。所得は納税義務者の担税力(資力)を測定し得べき経済的事実として定められた課税物件の一種であるからそれが犯罪その他不法な原因に因り生じた所得であつても課税の対象となり得べき性質を持つている。勿論所得が犯罪その他不法な原因により生ずることは常態ではないが、所得そのものは適法な行為に因る所得と同様に納税義務者の資力を構成し課税対象となり得る。税法はその性質上所得そのものを対象とするものであるから、特に法律により不法な原因に因る所得を除外する旨規定していない以上このような所得も課税対象となるものと解すべきである。而して総ての犯罪による不法な原因に因り生ずる所得について課税権が認められるかどうかについて分説すると、(イ)財産犯罪による利得の中窃盗、強盗、横領の各犯罪行為に因る利得は犯罪者にその所有権が移転しておらないので所得として課税対象とならないが、(ロ)詐欺、恐喝の各犯罪行為については利得の移転が瑕疵ある意思表示として取消し得る行為であるからこれが取消の意思表示がなされるまでは一応所有権が移転している。従つてこれによる利得は課税の対象となるものと解せられる。(ハ)賭博、収賄並に物価統制令等経済統制法規違反の各犯罪行為による利得はこれらの利得が利得者の手裡に留保されていて国家にも帰属せず又不法原因給付(民法第七百八条)として移転者に戻らない点よりして課税所得となり得ると解せられる。而して右に課税の対象とされるものの中詐欺、強喝による利得が裁判上否定された場合又は契約の合意解除の場合或はその他の犯罪による利得の中刑事裁判により没収され又は追徴金を徴収せられた場合には課税計算に算入した年度の分について更正(所得税法第四十四条、法人については当時の法人税法第二十九条)をなすべきものと考えられる。要するに所得税法、法人税法の趣旨とするところは一に経済的現象にあつて収入源泉の適法、不法の問題を考慮していないのであり、帰するところ適法、不法の区別ではなくて所得か否かの区別に存するのである。更に国家の課税権の行使は司法権に何等の消長を来すべきではないから不法な原因に因る所得に課税したからとて司法権の発動ができなくなるわけのものではない。課税の対象となつた原因が犯罪であるときには国家は司法権によりその行為者を裁判して刑罰を課するから、叙上の見解はその所得の一部を公然保持せしめることを認めるものではなく犯行自体を容認するものでもない。
(二) 原告は「法人税法第九条第二項に罰金、科料を普通所得の計算上損金に算入しない旨規定しており、この趣旨は罰金、科料は正当行為に基く支出ではないから損金に算入しないという趣旨を含むものと解すべきであるから、犯罪を原因とする不法な所得も亦正当な行為に基かない所得として普通所得の計算上益金に算入しない建前であると解すべき旨」主張するので、考察する。
法人税法第九条第二項が罰金、科料を損金に算入しないと規定したのは、罰金、科料が収入を得るための必要経費とは認められないとする所得源泉説の立場と、法人に対する課税が相当高率であるため法人の納付した罰金、科料を損金として算入し所得の計算を為すとこれらの罰金、科料に相当する分丈法人税の負担が減少することとなり、結果において法人税として納付すべきものを罰金、科料として納付したこととなり罰金、科料を科せられても法人にとつてはそれ程痛痒を感じないことになり罰金、科料の懲罰的効果が喪失せられることになるから、税務会計においてはこれらを損金支出と認めないものとされているのであつて、原告主張のような趣旨に解することはできない。
(三) 原告は、「憲法第三十八条第一項が自白の強要を禁止する旨規定している。然るに所得税法、法人税法は申告納税制度を採用し納税義務ある所得に対する所得申告の義務を課し、収税官吏の質問権を認め、その質問に対し答弁をしないか又は虚偽の答弁を為した者を処罰する旨規定し真実応答義務を強制している。故に犯罪を原因とする不法な所得に対して国家に課税権ありとすれば、その前提として納税義務者に所得を申告する義務があると共にその申告に対しては収税官吏の質問に真実を応答する義務がありこれに違反した場合には処罰せられることを認めなければならない。犯罪を原因とする不法な所得はその所得自体が犯罪行為の一内容を為すものであるから、物価統制令違反の場合には法定価格を超えて販売した場所や金額等を申告せしめられることはそれ自体犯行の自白を強要するものに外ならない。従つて所得税法、法人税法が犯罪を原因とする不法な所得に対し課税権のあることを規定しているものとすれば、憲法第三十八条第一項に違反し税法自体を無効のものとしなければならないから、税法はこのような憲法違反の内容を規定したものと解すべきではなく、正当な行為に基く所得のみを対象として課税権を認めたものと解しなければならない旨」主張するので、考察する。
(イ) 憲法第三十八条第一項には「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と規定されている。本条項の趣旨は、憲法第三十一条乃至第四十条の規定が刑事司法権の作用による基本的人権に対する不当な侵害を防止するための規定である点及び憲法第三十八条第二項第三項がいずれも刑事に関する規定であることに鑑みて刑事に関する規定、即ち憲法第三十八条第一項は刑事事件に為さるべき供述について規定せられたものと解しなければならない。 而して一般に刑事事件とは刑罰を目的として進行する一連の行為の対象を指すのであるから同条項も亦この通念に従い当該供述の為された段階が本人に対する刑罰を目的として進行していること又は進行する虞のあることを必要とするものと解すべきである。従つて憲法第三十八条第一項にいわゆる不利益な供述とは本人の刑事責任に関する不利益な供述、即ち有罪判決の基礎となる事実や量刑上不利益な事実等の供述等をいうのであつて、単に財産上損害を生ずるような事実や名誉を低下させるような場合を含まないものと解する。故にこれを拡張して民事事件や行政行為等の国家作用の総ての場合に対して適用せらるべきものと解すべきではない。
然るところ昭和二十二年に改正された法人税法(同年法律第二十八号、同年四月一日施行)、所得税法(同年法律第二十七号、同日施行)はいずれも申告納税制度を採用した。申告納税制度というのは、従来の賦課税制度のように納税義務者の前年度の所得金額を資料として税務署長が一方的に所得額を査定確定し、その税額を決定し納税義務者にその税額、納期、納付場所を指定して告知したのとは異り、課税の基礎となる事実を納税義務者が最も正確に知悉しているのでその事実に対し税法の規定する租税負担を確定し実現することは納税義務者が最も適当な地位に置かれているという点から出発して、納税義務者が税法の規定に基いて自ら進んでその年度の所得額を所定期日までに計算確定しその税額をも決定して申告しその税額を納付する制度であつて、ただ税務官庁は納税義務者に対する適正にして公平な租税債権の確定を監視し、申告を為さない場合や申告が正当と認められない場合にのみ法定の手続(更正通知、追徴税額の徴収等)を必要とするに過ぎないのである。即ち申告納税制度は納税義務者の自己責任における自己賦課の制度であつて自主的な、民主的な色彩を有つものである。而して本件の場合には適用がないがその後法人税法第四十八条の二(昭和二十五年法律第七十二号による一部改正)所得税法第六十九条の四(同年法律第七十一号による一部改正)はいずれも申告(法人税法については中間申告、概算申告、確定申告、所得税法については確定申告又は予定申告)を為さない場合に処罰する旨規定されており、虚偽の申告を為した者は処罰する旨(法人税法については右一部改正法律第四十九条、所得税法については第七十条)規定され、納税義務者に申告義務並に真実申告義務を課している。然るに法人税法、所得税法の全体を通観すると納税義務者に対するこれらの申告義務はその目的とするところは徴税に対する義務即ち行政上の義務であつて犯罪事実自体の摘示を命じていないことは明かである。従つて納税義務者は行政上の義務に従つて申告するのであり、これは単に納税義務の履行方法を定めたのに過ぎないのである。即ち物価統制令違反の取引による所得申告に当つてはその所得の額、取引場所等を申告すれば足りる。つまり取引の実体を申告すること即ち適法な原因に因る所得であるとか不法な原因に因る所得であるとかを区別して申告するを要しない。故に納税義務者に所得を申告すべき義務を課しても又申告しない者を刑罰により間接に強制しても納税義務者の財産上の損益に関する事項に過ぎないものであるから憲法第三十八条第一項の前示の法意に照し同条項にいわゆる不利益な供述を強要するものではない。されば納税義務者が行政上の義務履行としての段階における申告又は供述については憲法第三十八条第一項はその適用外にあるといわなければならない。
(ロ) 更に収税官吏の納税義務者又は納税義務ありと認められる者(以下両者を納税義務者等と称する)に対する質問権を認め(法人税法第四十五条、第四十六条、所得税法第六十三条、但し右一部改正法律では第六十四条)、納税義務者等が税務官吏の質問に応答しないとき又は虚偽の答弁を為したときは処罰する旨(法人税法第四十九条、同所得税法第七十条)規定せられており、納税義務者等に対し税務官吏の質問権に対する受忍義務即ち質問に応答する義務並に真実の答弁を為す義務を課している。而して税務官吏の右質問権は租税の賦課徴収に関する行政処分即ち行政上の目的のために行使することが認められているのである。而して税務官吏の右権限は原則として前示申告納税制度により納税義務者の自己賦課の段階を経過した後において発動されるべきものであつて、右質問の権限は税務官吏の実力行使を含まないものと解せられる。つまり国家として租税の賦課徴収の適正公平を期するために必要ありと認めた以上その権限行使の安全を保証するために右罰則を設けたのである。これらの点よりして納税義務者等に税務官吏の質問に応答する義務並に虚偽の答弁を為さない義務を刑罰により間接に強制することも納税義務者等の財産上の損益に関する事項に過ぎないから前説示の法理に従い憲法第三十八条第一項にいわゆる不利益な供述を強要するものではなく同条に抵触するとは考えられない。尤も税務官吏が前示行政目的の範囲を逸脱し納税義務者等が黙秘して答弁しないのに質問権に対する受忍義務を強要する場合には憲法第三十八条第一項違反の問題が生ずることがあり得るので、税法はこの場合を考慮し税務官吏をして厳重に行政目的の範囲内において行動せしめるためその後国税徴収法第二十一条の二(昭和二十五年法律第六十九号による一部改正)、相続税法第六十条(同年法律第七十三号による一部改正)、富裕税法第三十七条(同年法律第百七十一号)には、質問権は犯罪搜査のため認められたものと解してはない旨の訓示規定を設けたが、これ等の規定の趣旨は法人税法、所得税法の運用に当つて充分に尊重せらるべきものである。
以上説明するところよりして犯罪を原因とする不法な所得に課税権を認めても憲法第三十八条第一項に違反することにはならないのみならず、右各税法の規定が適法な原因による所得にのみ課税すべきものと解しなければならないものでないこと明白である。
(四) 原告は、「憲法第八十四条によりあらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには立法措置によらなければならないのであるから犯罪を原因とする不法な所得に対する課税に対してはその所得が如何なる原因に基くものであるかを問わない旨の立法を必要とする。而も大蔵省は通牒により又第九十回帝国議会衆議院の委員会においても闇取引による所得に課税しない旨を明示している。それにも拘わらず被告が本件において犯罪に因る不法な所得に課税しているのであるから、立法措置を俟たず既存の法律の解釈に名を藉りて課税している。従つて被告の課税決定は法人税法第九条第一項並に憲法第八十四条に違反する旨」主張するので、考察する。
法人税法第九条第一項により総益金から総損金を控除したものが所得であり、この所得は適法な行為に因る所得であると不法な行為に因る所得であるとを区別しないで、犯罪に因る不法な所得であつても理論上所得としての要件を具備したときは等しく課税対象となり得ることはそれぞれ前段に説示したところである。右は法人税法(所得税法も同趣旨)にいわゆる所得の解釈の問題であつて、憲法第八十四条にいわゆる「あらたに租税を課する」場合でもなければ「現行の租税を変更する」場合にも該当しないこと明かである。而して大蔵省主税局長が昭和十七年七月七日附各財務局長宛所得の計算に当り闇取引に因る利益であることが明瞭な場合を除外する旨の通牒を発し、又同局長が昭和二十年四月十八日附各財務局長宛ほぼ同趣旨の通牒を発していること、第九十回帝国議会衆議院委員会において政府委員よりほぼ同趣旨の説明を為していること、並にこれらはいずれも各その当時の我が国の財政状態に即応した政府の方針、即ち闇取引は司法権により取締り得るものと考え裁判所の刑事判決により闇取引に因る利得を没収又は追徴すれば足るという意図の下に闇取引に因る所得については課税しない旨の政府の方針を示したに過ぎないものであつて、もとより有権的解釈でないことは、成立に争のない甲第十九号証の一、二、同第三十三号証の各記載並に右各通牒及び政府委員の説明の内容自体を綜合して明かである。従つて右各通牒並に右帝国議会における政府委員の答弁は法規たる性質を有するものではないから犯罪に因る不法な所得に課税することは憲法第八十四条に違反することなく又法人税法第九条第一項にも違反しないこと明かである。なおその後大蔵省が昭和二十三年三月三日附主税局長通牒をもつて闇取引による不法の所得に対して課税すべき旨指示したことは右甲第十九号証の一の記載により明かであるが、これは当時我が国の社会状勢の変化に伴い闇取引に対しては経済統制法の権威により抑圧できるものと考えた前示従前の政府の方針を変更し闇取引に因る不法な所得に対し課税する方針を採ることとしそのことを明示したにとどまり、これ亦有権的解釈でないこと同号証の一の記載により看取されるところであつて、この通牒も亦法規たる性質を有するものではなく右に説示するところより憲法第八十四条に牴触する余地は少しもない。
以上のとおり原告の右各主張はいずれも理由がなく犯罪による不法な所得に課税権を認めても憲法、税法等の法律に違反するものではないこと明白であるから、右各主張は採用することができないものといわなければならない。
されば被告の原告会社に対する本件課税決定は違法な処分であるということはできない。よつて被告の本件課税決定の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却し訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 伊藤顕信 市原忠厚 内藤丈夫)